中学校、高校のテストの時、英単語帳を利用して英単語を必死で覚えていなかったでしょうか。
理想を言うと、英単語は根詰めて暗記力に頼って覚えると言うと比べると、自然に色んなスタディや経験から覚えていくのが良いとおもいます。
でもありのままには暗記力に頼った方が覚え易いと言う人もいるのは事実ですよね。
記憶して覚えていく修養手順はつまらないのでスタディ自体続かなくなってしまいやうですが、記憶力と言うのは実は鍛えていくと向上していくやうです。
筋肉と同じですね。
鍛えれば強力になり鍛えなければ弱くなる。
これと記憶力も同じと言う事になります。
ですので、英単語を覚える時にはゲーム感覚でやってみて課題を課してクリアしていく様にしたケースでは楽しめて英単語が修養出来る様になるとおもいますよ。
また集中しすぎないで休みながらやるのも手順です。
要は意識の問題だとおもいます。
メリハリを付けて英語を修養していきましょう。
これで終わった後、「疲れたぁ」と感じたらしめた物です。
記憶力もUP、英語も修養していくとおもいます。
もしこの手順が上手くいき、記憶力がとびっきりによくなったとしたら、英会話だけじゃなくって別な語学も修養してみようかなとおもうかも知れませんね。
そしたら初めの語学修養と比べると比較的楽に修養出来る事にきっとビックリするかも知れませんよ。
英単語を覚える事を楽しみながらトレーニング感覚またはゲーム感覚で実行していく。
そうする事で英語修養以上の結実も期待出来る様になるとおもいますよ。
英語習得は英文法の勉強ではありません
小中学校の授業として習い始める英語の授業は大抵英文法を習う所から始まるとおもいます。
ニッポンではそれが英語の基礎だと考えられているからだとおもうのです。
しかしながら授業を受けてみておもうのは、英文法をいくら頑張ってスタディした所で、英語のちょっとした知識がつくくらいで、英会話がペラペラ話せる訳じゃないし英語を取得した事にはならないとおもうのです。
ニッポンの若い世代の言葉を聞いていても文法がめちゃくちゃで大人には会得し難い言葉で話していますよね。
でも同じ世代の子達と言うのは意向疎通が出来ているのですので、それは言葉として成立している事になります。
こう考えると、英語だって英文法だけじゃないと言う事がよくお分かりになるかとおもいます。
英語を知識として少しばっかり持つ為には、参照書を一冊やってみると良いかも知れません。
それだけでは当然修養出来るはずも無いので、根詰めてやる必要も無いとおもいますよ。
そしてヒアリングとリーディングのスタディをしていき知識をつけていく様にする。
そしてまた参照書なんかをちょこちょことやっていくと言う気楽な修養手順で良いとおもいます。
あまりしっかり気合い投入してやると、嫌気がさしてしまうかも知れませんよ。
英語はスタディではありません。
兎にも角にもくりかえして続けてやる事、英語に慣れる事が大切ですのです。
そのなかでおのずと英文法も身に対してくるのではないかとおもうのです。
そうした気楽な心構えの方が楽しめて英語が修養出来る様になるとおもいますよ。
英語習得には辞書が必要なのでしようか
学校の英語の授業で「分からない事が出てきたら直ぐに辞書を引く様に」と言われた事はないでしょうか。
多分理屈としては分からない事を自分自身で調べる事でボディーに身に対していくと言うのを教えたかったからではないでしょうか。
ですので多くの学生達の辞書はボロボロだし、赤線もいっぱい引いていると言う様な辞書になっていた様におもえます。
結論、いっぱいの単語を修養して英語自体も上達した人が多かった事でしょう。
まぁ、辞書を買換る度にまた新たに書き込みをしていかなきゃならないのかとおもうとちょっと無駄だなとおもわなくはないですよね。
それで電子辞書に乗り換えた人も多かったのではないでしょうか。
しかしながらこの様な現象は学生の時はよく見る現象だけれど、英会話を修養しようとしている人達にとってはそこまで辞書にこだわらなくても良いんじゃないかとおもいます。
日常会話と辞書に載っている文は間違ってはいないにしても扱い方が違っていたりするからです。
出来ることならテキストや映画のまとまった文等から会得していく方が覚え易いと言うのはあるとおもいますよ。
また自分専用の辞書みたいなのを作った方が分かり易いし使い易いかも知れませんね。
英語を修養するには、英語の趣旨をニッポン語に変換して会得するのではなくて、英語のまま会得しないといけないと思っています。
じゃないと多分会話に対していけないのではないかとおもうからです。
辞書は有った方が良いですが、それに固執する事は止めた方が良いかも知れませんね。